レクサスLS開発物語 1/100に懸けろ(中編)

第4回 図面が持つ説得力

前回からの続き

提出された8ATの構造案、実に…

 約2カ月にわたる調査の結果、次期LSのトランスミッションに求められる性能は主に、500N・mという大トルクを視野に入れて検討が進む新型エンジンの動力性能をあますことなく引き出すことと、4.0L・V8以上のクラスで世界トップレベルとなる燃費を実現することの二つ。そして、これらの要件を高いレベルで両立し、世界市場で大きな存在感を示せるトランスミッションとして、本多らが複数の選択肢の中から現状でその目標に最も近い位置にあると判断したのが、8ATだった。

 トランスミッションを世に送り出す者として、かの悲願を世界初の8ATで達成できれば、これほど幸せなことはない。一方、トランスミッションを知り尽くす者として、短期間で8ATの開発がどれほど大変なことか、容易に想像がつく。夢と現実。そのはざまに立たされた本多は2003年7月初旬、8ATの実現可能性をさらに踏み込んで検討すべく、レクサスGS向けの6ATを共同開発した、サプライヤーのアイシン・エィ・ダブリュ(AW)に協力を求めた。

 会議の席上、本多は、自分たちが水面下で2006年秋発売予定の次期LS向けトランスミッションを検討していること、それに関するチーフエンジニアからの指示は「圧倒的な競争力のあるトランスミッションを検討せよ」ただ一つであること、有力候補として8ATを考えていること、結論をこの9月末までに出さなければならないことを告げた。そして最後に、仮に8ATを開発するとしたらどのような機構が考えられるのか、次の会議までに互いにアイデアを持ち寄ることを確認し、最初のキックオフ・ミーティングは終了したのである。

 この夏、日本列島は停滞する梅雨前線の影響により低温と日照不足に見舞われた。農作物などへの被害が懸念されたが、過ごしやすさのせいか、トヨタ自動車は本多を、アイシンAWは技術企画部の部長を務める尾崎和久を中心に作業は順調に進む。実は、この尾崎、LSのチーフエンジニアである吉田とは大学時代の同級生。「ドイツで7ATが出るらしい」という情報を吉田に流したのも、彼だった。

 ぐずぐずしている梅雨前線とは対照的に、両社のアイデアを持ち寄る2回目の会議は駆け足でやって来た。宿題の8ATの変速機構案は束となって、会議の出席者全員に配布された。基本構造は、エンジンから伸びる入力軸と車輪へとつながる出力軸の間に遊星歯車機構を複数配置し、クラッチによって歯車と歯車の回転を同期させたり、ハウジングに直結させることで固定したりするというもの。これに対し提出された案の数、実に100数十余にのぼった。

「すごい数ですね」

「思った以上だ」

 アイシンAWの藤堂穂や青木敏彦が驚きを素直に口にする。彼らと同じ感想を漏らす声や分厚い束をペラペラとめくる音でざわつく会議室を静めるように、本多が会議を進行し始めた。

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