先進的な建築を陰で支える小野田泰明氏、注目の10人(6)

建築計画から切り込む

東日本大震災の復興に向けて宮城県や岩手県の自治体をバックアップ、建築家による復興支援ネットワーク「アーキエイド」でも、発起人の1人として活動を先導してきた。小野田泰明氏は東北大学で教壇に立つ一方、建築計画者として設計の川上を担っている。かつて「せんだいメディアテーク」で、コンペの設計要件を詰めたのも実は小野田氏だ。

東北大学大学院工学研究科都市・建築学専攻教授で建築計画者の小野田泰明氏。せんだいメディアテークのバックヤードにて(写真:ケンプラッツ)

 2011年3月の東日本大震災以来、東北大学大学院教授の小野田泰明氏は多忙を極めている。同大学の一員として宮城県石巻市の復興を支援。岩手県釜石市では復興プロジェクト会議のメンバーとして復興計画の策定などをバックアップしてきた。さらに、宮城県七ヶ浜町では震災復興アドバイザーも務めており、遠山保育所と七ヶ浜中学校の建て替えに当たって実施した公募型設計プロポーザルで、要項づくりのほか、審査員の推薦などを担った。

小野田氏は岩手県釜石市で復興プロジェクト会議のメンバーを務める。2011年5月に釜石市のスタッフと被災現場を視察したときの様子(写真:東北大学建築計画研究室)

 その一方、建築家による復興支援ネットワーク「アーキエイド」の発起人の1人として、同ネットワークの活動に道筋を付けてきた。代表例が石巻市の牡鹿半島エリアを対象としたサマーキャンプ。まずは建築家のヨコミゾマコト氏らに学生たちと同市の雄勝半島で現地調査と復興の計画をしてもらい、それをもとに調査フォーマットをつくった。同じくアーキエイドの発起人の1人である東北工業大学講師の福屋粧子氏とともに準備を整えた。

 大学で研究室を持つ建築家を中心としたサマーキャンプの試みは、多くの浜でその後も住民や市との話し合いが継続するなど、一定の成果を上げたといえる。今後はより後方から支援していく考えだ。建築家に期待する一方、苦言も呈する。「震災復興で建築家と接すると、時に楽観的過ぎて失望させられることもある。土木など隣接する分野に対して、知識がないばかりか敬意も払っていない」。こうした客観的な姿勢が、小野田氏が信頼される理由だろう。

アーキエイドによるサマーキャンプ『半島“へ”出よ』は2011年7月に開催した。全国各地から、大学で教壇に立つ建築家と建築系学生からなるチームが集まり、合宿しながらワークショップを実施。震災で被害を受けた各浜で、住民への聞き取り調査や、復興への提案づくりを行った(写真:磯 達雄)
サマーキャンプの全体講評会で挨拶するアーキエイド実行委員の小野田氏。同じく実行委員である東北工業大学講師の福屋粧子氏は事前の準備に奔走した(写真:磯 達雄)

 小野田氏は、「せんだいメディアテーク」(2000年、設計:伊東豊雄建築設計事務所)や「横須賀美術館」(07年、設計:山本理顕設計工場)の設計に、建築計画の面から関わった人物として知られている。くまもとアートポリスのプロジェクトである「苓北町民ホール」(02年)では建築家の阿部仁史氏と連名で日本建築学会作品賞も受賞した。

 小野田氏の肩書は「建築計画者」。建築界に建築計画の研究者は数多くいるが、この肩書で活動している人は寡聞にしてほかに知らない。どういった経緯で現在のポジションへとたどり着いたのだろうか。

熊本県「苓北町民ホール」(2002年)。設計は阿部仁史氏+小野田泰明氏+阿部仁史アトリエ。公民館とホールの複合施設で、住民参加のワークショップを通して計画を練っていった。03年日本建築学会作品賞を阿部氏と小野田氏が共同受賞(写真:安川 千秋)

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