トンネル作業員たちの命を預かる30歳

第11回:熊谷組 千葉崇氏

千葉崇氏:1986年岩手県生まれ。2009年3月に岩手大学工学部建設環境工学科を卒業し、同年4月に熊谷組に入社。福島第一原子力発電所関連土木工事赴任中に東日本大震災が起こり、11年6月から切目第2トンネル作業所へ異動。12年に一般府道大野天野線道路改良工事、国道45号釜石山田道路工事、15年に平成25年度釜石市鵜住居地区整地工事を経て同年6月から東北中央自動車道やまがたざおうトンネル工事を担当。一級土木施工管理技士。写真は同現場で撮影(写真:三上美絵)

 熊谷組の千葉崇氏(30歳)は、入社3年目から8年目の現在まで、主にトンネル現場で施工管理を担当している。重機事故や切り羽崩壊、落盤、出水、ガス爆発などの危険が伴う工事を進めるうえで、作業員たちから「命を預けるに足りる人間だ」と信頼されることが欠かせない。

 千葉氏がトンネル工事に携わることになった直接のきっかけは東日本大震災だった。入社して初めて配属された現場は、くしくも福島第一原子力発電所。耐震補強のための地盤改良工事だった。

 ちょうど2年が過ぎようとする2011年3月、震災が起こった。大津波警報が発令されると同時に発注者の指示で避難し、工事関係者は全員無事だった。その後の経過は報道のとおり。千葉氏の手がけていた工事の現場も、跡形なく津波に流されてしまった。

震災を機に、原発からトンネルへ

 日本中が震災の動揺から覚め切らない同年6月、千葉氏は東北から遠く離れた和歌山県の切目第2トンネルの現場へ異動を命じられた。切目川ダムの建設にあたり新設する付け替え道路のトンネルだ。

 大学では土質や地質の研究室に所属していたとはいえ、トンネルの施工現場を実際に目にしたのはこのときが初めて。「何も分からず、こうして掘るのか、という感じだった」。千葉氏は当時をそう振り返る。

 この現場で1年半、トンネルの施工管理を学ぶなかで、最も印象に残っているのが、上司から言われた次のような言葉だ。

 「品質のいいトンネルをつくるだけでなく、作業員たちの命を守ることもわれわれの大事な仕事だ」。

 実際に、別のトンネル工事の事故で同僚を失った作業員もいた。「事故の瞬間まで一緒に働いていた人が目の前で亡くなったという話を聞き、『あんたたちに命を預けているのだから、それに見合う人間になってくれ』と言われた」と千葉氏。その言葉が、いまも腹に響いている。

 ものづくりの現場はきれいごとでは済まされず、常に危険と隣合わせだ。その危険の芽をいかに手前の段階で予知し、事前に対策を講じて現実の事故が起こるのを防ぐか。そこに心血を注ぐのが、大勢の作業員たちの命を預かる施工管理者の役目だ。千葉氏は襟を正す気持ちになったという。

作業員から「山」を教わる

 一般に、トンネル工事の現場では閉ざされた暗い空間を大型重機が動き回る。工事に携わる人間は、耳栓や防じんマスク、保護メガネを着用するなど、平常よりも五感が働きにくい状態になっている場合もある。「トンネル内で事故を起こした経験はないが、ヒヤッとすることはある」と千葉氏は明かす。

 こうした特殊な作業環境だからこそ、掘削にあたる作業員たちは安全を脅かすものに敏感だ。元請けの施工会社の若手社員がトンネル内で予測のできない動きをすれば、危険が増すとして間違いなくじゃまにされる。

 命を預けるに値する人間だと認められるまでは、相手にしてもらえない。千葉氏も新人時代の最初の頃は作業員たちに受け入れられなかった。それでも必死で、工事の進み具合をよく観察し、タイミングを見計らって、作業に支障のない瞬間に変位や応力を計測したり、切り羽の写真を撮ったりすることを心がけた。

 じゃまにならず、しかも安全管理はきちんとする。そうするうちに、少しずつ作業員たちも認めてくれるようになった。

 休憩時間には缶コーヒーを持っていき、自分から積極的に話しかけて、コミュニケーションを図った。気を張っている作業中と違い、休憩所では打ち解けた雰囲気になりやすかったからだ。「こうした時間にプロの職人である作業員の人たちに、山のことを全部教わった」と千葉氏は話す。

「命の道」の延伸工事を担当

 その後、12年に大阪府の一般府道大野天野線道路改良事業に配属された千葉氏は、上下線が極めて近接した2本のトンネルからなる「赤峰トンネル」の施工を担当。さらに同年秋には、国道45号釜石山田道路工事の担当として岩手県の現場に赴任した。

釜石山田道路工事の位置図
震災復興のシンボルとなった国道45号釜石山田道路工事。震災前にできたばかりの供用区間が、津波から地元の子どもたちの命を救った(資料:国土交通省東北地方整備局南三陸国道事務所)

 釜石山田道路は、東日本大震災で多くの人を救った「命の道」だ。大鎚湾からの津波が地元の小中学校を襲ったとき、生徒ら約570人は高台にあるこの道路へ避難し、全員が助かった。しかもこの道路を使って、避難所の体育館まで移動することができた。寸断した国道の迂回路として人や物資の輸送に活用され、地域を孤立から救った道路でもあった。

 工事は国土交通省東北地方整備事務所の発注で、総延長23kmの釜石山田道路のうちの未供用区間を延伸するもの。いわゆる「復興道路」だ。釜石中央インターチェンジ(IC)─釜石両石IC間にトンネル4本とPC(プレストレスト・コンクリート)橋梁1橋の上部工事、大規模な盛り土、補強土擁壁を施工する。

釜石山田道路工事の断面図
千葉氏は、釜石山田道路延伸工事で山岳トンネル工事を担当した(資料:国土交通省東北地方整備局南三陸国道事務所)

 15年3月に竣工したこの工事で、千葉氏は山岳トンネル部分を担当した。岩手県出身の千葉氏にとって、被災した故郷の復興を担うこと、しかも直接的に人命救助に役立った道路の延伸に携わることは感慨深いものだっただろう。

「教わる立場」から「相談される立場」へ

同僚と打ち合わせをする千葉氏。トンネル現場では日々、工事の進捗と現場の様子を観察し、事前に危険を予知することが何よりも重要だ(写真:三上美絵)

 千葉氏は15年6月に、現在担当している東北中央自動車道やまがたざおうトンネル工事の現場に着任した。

 東北中央自動車道は、福島県相馬市を起点とし、山形県を経由して秋田県横手市で秋田自動車道へ接続する高速道路。やまがたざおうトンネルは蔵王温泉の近くを通過する延長944mのトンネルだ。

 未固結地山で地下水位が高く、施工時には湧水の懸念もある。掘削予定地の地上にはゴルフ場と遊園地、国道13号があり、しかも土かぶりは浅い。千葉氏の直接の担当は明かり工事だが、トンネル部分が難工事なこともあって、現場全体に常に目を配る必要がある。

 「この先、山はどうなるだろう」。作業員たちから「教わる立場」を脱し、そんなふうに相談を持ちかけられるようになれば、一人前と認められた証拠だ。

 「図面では、あと20mで支保工の鋼材のパターンが変わる。山が悪くなると思うから気をつけて」。聞かれるより早く声がけをするのが、いまの千葉氏のスタイルだ。

 もちろん図面だけでなく、日頃から現場の様子をよく観察し、小さな変化の兆しを見逃さないように努めている。岩盤の種類によっては、掘削をしたことで縮むなど、いわゆる「動く山」もある。

 事前の調査である程度の予測はつくものの、実際に掘ってみなければ分からない面が少なくない。切り羽からわずかに水が漏れているのを見て「おかしい」と気づき、「水脈があるかもしれない」と疑う慎重さが欠かせない。

プロの上司をみて「あんなふうになりたい」

 現在の上司は、トンネルのプロだ。千葉氏は「NATMの吹き付けコンクリートの様子を見ただけで、『生コンの付きが悪いから、薬剤の量や骨材の水分量を測ってみろ』と指示が出せる。あんなふうになりたい」と話し、目標に定めている。

 トンネルが貫通し、道路ができれば、まちとまちがつながる。人々の生活は便利になり、救急搬送や災害時の避難にも役立つ。千葉氏のモットーは、自分の手がけたインフラによって人々が笑顔になることを思い描きながら、安全に工事を進めることだ。

 「安全は品質にもつながる。なぜなら、安全に気を配ることで仕事がていねいになるからだ」と千葉氏。

 トンネルの内壁を触って、心の中で「いい出来だ」とつぶやくとき、言葉にならないやりがいが湧き上がってくる。